<その事実、如何に>





 フレンの私物に名前を書く(下着含め)という習慣が騎士団内で発覚してしばらく水面下で騒がれていたが、ようやくその話題も落ち着きだした頃だった。
 報告書を纏め終えたフレンが一息吐いたそのタイミングを計ったかのように、窓が静かに開かれ漆黒を纏った青年がひらりと部屋に入り込んできた。
 お馴染みの来客はとん、と爪先で床を一度叩いてフレンと目が合うと口端を持ち上げた。

「よぉ」
「よぉ、じゃないだろう。…最近は遅い時間に来るね」
「あー…、うん」
「微妙な返答になにか深い意味でも?」
「あまり気にするな」

 ユーリはそういって窓枠に寄り掛かり、夜空に浮かぶ月を見上げた。これ以上訊くな、と言外に告げてくるユーリにフレンはそっとため息を吐く。こうなるとユーリは頑として口を開かない。それを理解しているからフレンは別の話題を口にした。

「そういえばユーリ、君の仲間はどうしたんだい?」
「宿。今回はたまたまザーフィアスに寄ったんだよ。少し用事があったからな」

 窓の外からフレンへ視線を戻したユーリが答える。そう、と頷いたフレンは思い出したように手元の書類を纏めると椅子を引いて立ち上がった。
 
「ごめん、ユーリ。この書類だけ出してくるね」
「あぁ、行ってらっしゃい」

 ひらひらと左手を振るユーリにフレンは行ってくるよ、と告げて部屋を出た。

 磨かれた床を踏む度に反響する靴音を引き連れながら、フレンは書類を提出して戻る際に通りかかった共同浴場の前で足を止めた。
 普段なら気にも留めずに通り抜けるのだが、扉越しにくぐもって聞こえてきた声に覚えがあった気がしたのだ。手を扉に当てて神経を聴覚に集中させる。すると聞こえてきたのはユーリと行動を共にしているはずのシュヴァーン、レイヴンの声だった。

「なぜ彼がここに…」

 眉をひそめて呟く。と、聞こえていた声が突然ぴたりと止んだ。
 変わりにフレンの鼓膜に届いたのは、ヒュンと風を切る音。なんだと思うよりも先に頬に微かに感じる痛みと横目に見える木で作られた扉から突き抜けた鏃。

「覗き見するならちゃんと気配は消さないとねー」

 完全に虚を突かれたフレンが立ち尽くしている中、扉が中から押し開けられ「あ痛っ」「おっと、ごめん」額をぶつけたフレンに軽い謝罪が返ってくる。
 額を押さえたフレンの前に立ったのはやはりレイヴンで、愛用の弓矢を片手に首からタオルを下げて上半身裸という姿で出てきた。少し無防備すぎやしないだろうか。

「お、隊長さんじゃないの。遅くまでお勤めごくろーさん」
「……私のことより、貴方はここでなにをしているんですか」
「いやあ、宿のシャワーが壊れたっていうからね。丁度いいからここ借りようかと」

 悪びれもせずにいう元隊長にフレンはため息を吐く。
 
「本当なら捕まえるべきなのでしょうが」
「およ、見逃してくれるの?堅物の隊長さんにしては珍しいこともあるのね」
「…まあ、色々と」
「ふぅん。…差し詰め自分の部屋にユーリがいるから、一方で不法侵入を許してるのに一方で許さないのは自分の義に反するのかね」
「……」

 見透かされたような台詞にフレンは返す言葉が出ない。上手い言い訳も思い浮かばず、そうですよと小さくいえば相手はにやりと笑った。

「それじゃ、お言葉に甘えておっさんはでっかい風呂をひとり堪能させてもらいますかね」
「用が済んだら出て行ってくださいね」
「はいはーい」

 フレンの釘刺しに背を向けながら片手で応じたレイヴンは脱衣所に引っ込んでいく。
 その背中を複雑な思いで見つめていたフレンは、ふと彼の下半身に目がいって絶句した。

「ふ、ふんどし…」
「うん?あぁ、これ?」

 無意識に零れた呟きが届いたのかレイヴンがくるりと身体を反転させる。
 いや別に見せてくれなくても!というフレンの内心の絶叫虚しく得意げに腰に手を当てて胸を反らした元隊長が、

「男はやっぱりふんどしよね!」

高らかに断言した。
 いっそ夢であれば良いのに。フレンは本気でそう思った。



「お、おかえり」
「…ただいま」
「なんだ、やけに疲れた顔してるな。なにかあったのか?」
「なんでも…ないよ」
「ふぅん。まあ、おまえがいいたくないならオレは別に良いけどな」

 ベッドに腰掛けてくつろいでいる幼馴染にありがとう、と小さく笑ってフレンはベッドの傍にあった椅子に腰掛けた。
 一瞬、ユーリにレイヴンのふんどしについて訊ねようかとも思ったが、ユーリがそれを知っていたらつまりは下着をお互いに見る機会がある関係に…ベッドの中で一夜を過した事実が1回でもあるようなら今すぐ浴場へ取って返してあの胡散臭い男を微塵切りにしてやりたい。いや、男同士で風呂に一緒に入るくらいの機会なら……だとしてもそれもそれで許せない。自分だってユーリと風呂なんて幼い頃以来なのだ。

「フレン?」
「え、あぁ、なに?」
「…いや、なにか考え事か?」
「ちょっと…ね」

 ぐるぐると巡る思考がユーリの少しだけ心配そうに眉根を寄せた表情によって停止する。
 
「あまり無理すんなよ」
「君ほど無理はしてないつもりだけど」
「なんだよそれ、嫌味か」
「そう聞こえるということは、自覚はあるんだね」
「なんのことやら」

 ユーリは小さく肩を竦めるとぱたりとベッドに倒れこむ。白いシーツに散らばる漆黒の髪に、フレンがそっと手を伸ばして触れる。するとユーリが苦笑を滲ませた。

「相変わらずオレの髪に触るの好きだな」
「だってユーリの髪は綺麗だから」

 フレンはさらりと流れる黒髪を愛しむように指で何度も梳く。ユーリは嫌じゃないのかフレンの好きなようにやらせて目を伏せている。
 そんな時間が数分続いただろうか。不意にぱちりと目を開けたユーリがそろそろか、と呟いた。
 なんのことだろうか、フレンが訊ねようと口を開くよりも先にユーリが反動をつけて上半身を起こして立ち上がる。

「ユーリ?」
「邪魔したな」
「別に邪魔じゃなかったのに」
「そうか?じゃあ、社交辞令として取っといてくれよ」
「ユーリが社交辞令だなんて、似合わない」
「それは確かに」

 自分でいいながら、フレンに指摘されたユーリは可笑しそうに笑った。
 その笑顔にフレンは目を細め、また逢えるよねと訊く。ユーリは笑いながら、首を傾げて見せた。

「今度はおまえからオレに逢いに来いよ」
「分かった。必ず行く」
「待ってるぜ」

 その言葉を最後にユーリはいつものように窓枠を乗り越えて夜闇に身を投じた。

「逢いに行く時は、ユウマンジュの温泉に行く時だ」

 そんなフレンの真面目な呟きを知りもせずに、ユーリはほくほくと満足げな表情をしたレイヴンと合流して他の仲間が寝ている宿屋へと戻って行った。















おっさんの心臓魔導器についてはノータッチ(タオルで上手く隠れていたんです

2009/04/11