<幼馴染のヘンな癖>
騎士団の健康診断のときだった。
ゆったりと穏やかな空気が流れていた場内で突然男どもの野太い声で複数の悲鳴が上がったのだ。
当初はなにが起こったのか不明だったが、数日後にざわめく城内で真しなやかなに流れた話によるとフレンのある性癖が悲鳴の原因だったらしい。
任務を終え、陽がとっぷり暮れてから帰還したフレンはちくりちくりと首筋に刺すような視線を感じながら長い廊下をひとり通り抜けていた。
夜も遅いため見回りの騎士しかいないわけだが、数少ない女性騎士の横を通り過ぎると相手が短い悲鳴を上げてパッと顔を赤くして両手で顔を覆う。そんな反応もこれで何度目だろうか。思わずため息を吐いてしまう。
健康診断で露見された自分の性癖はフレンにとってはいたって至極普通のことなのだったがしかし周りにしてみれば衝撃的かつ予想外だったらしい。
幼い頃からずっとこうしてきていたのだが、いつも一緒にいた幼馴染の親友はこれといった反応を見せなかったものだから別におかしいことではないのかと思っていたのだが。
ユーリの反応に関しては「まあ、お前だからなあ」なんていう今にして思えば曖昧に言葉を濁されていたような気もしてきたが、そんなにおかしいのだろうか。
前方でふたりの騎士がフレンに気付いてじぃっと視線を送ってくるのを意識しないようにしてやり過ごし、しかしつい自信がなくなって自室に戻ったフレンは眉をハの字にした。
重い鎧を脱いで軽装になり、上着を少し着崩して椅子に座る。
夜の帳が落ちた城内は静かでフレンの部屋も秒針が時を刻む音しか物音がしない。
灯りもつけずに悶々と考え続けていると、窓際で小さく物音がした。
カタン、と窓が開きひょいと窓枠を乗り越えて黒髪の青年が中へ入り込んでくる。灯りのない部屋の中に溶け込んでしまいそうな黒の服と髪色。そして綺麗な輝きを宿した紫水晶色の瞳がこちらに向けれて訝しげに細められた。
「こんな暗い部屋でなにしてんだ?」
「…ちょっと、考え事をね」
「ふーん」
ユーリがこうしてフレンの部屋に入ってくるのは既にお決まりのことなのでそのことは深く追求せずにフレンは問いに答えた。訊ねておきながら気のない声を出したユーリは、とりあえず灯りつけろよなといいながら部屋の灯りをつけようと部屋を横切る。
さらりと動きに合わせてなびくユーリの漆黒の髪が綺麗だとフレンが一瞬惚けているとパッと部屋が明るくなった。急激な明暗の変化にフレンが思わず目を眇めると机を挟んで正面に立ったユーリがずぃと顔を覗き込んできた。
わあ、近いっ!フレンが胸中で動揺しているのを知ってかしらずか、ユーリは形のいい眉を軽く吊り上げてフレンの眉間へ人差し指を置いた。指先でぐりぐりと押し揉むようにしてくるユーリの行動に訳がわからないフレンが上目遣いで目を向ければすぐに視線が交わる。
「くだらないこと考えても気疲れするだけだぜ」
「…くだらないって、どうして<くだらない>といいきれるんだ?」
「フレンは小難しいことを考えてる時はぎゅっと眉間にしわが寄る。で、割とどうでもイイことはしわが寄らない」
幼馴染の洞察力舐めんなよ。にやりとユーリが口端を持ち上げて笑う。その指摘があながち間違いでもないことにフレンはあやふやな笑みを浮かべる。
「ユーリはなんでもお見通しだね」
「いや、そうでもないぜ。くだらないっていう漠然としたことは分かっても内容事態は予想できてないからな」
で、なに考えてたんだ?改めてそう問われてフレンはますますあやふやさを深くする。フレンのはっきりとしない態度に珍しいと感じたユーリが小首傾げてフレンを呼ぶ。動作に合わせてさらりと流れ落ちるユーリの艶やかな黒髪が綺麗で合間から覗き見えるうなじの白さにフレンの心臓が高鳴る。
なんとは無しの所作でもユーリがすると色気のある仕草に思えてしょうがない。
手を伸ばして腕の中に閉じ込めておきたいなどと考えてしまうくらいに、フレンの中でユーリは特別な存在だった。
幼馴染だからというだけではなく、それ以上のものをユーリに求めたい自分がいる。
しかしユーリ当人はフレンがその想いをひたすら隠し貫いている所為か、気付いている様子も無い。他人の心情には敏いはずの彼にでも拾いきれないものがあるのか。上手く隠し通せていることに安堵しつつも、少しだけ寂しさも憶える。
ふつりとフレンが黙り込んでしまったことにユーリが眉をひそめ、そろりと手を伸ばしてフレンの頬へ指先で触れる。
壊れ物に触れるかのようなその動きにフレンは綻んだような顔をしてユーリを見上げた。
フレンの様子にやや困惑を示した双眸に大丈夫だといって、引っ込まれそうになった白い手を掴む。動きを制限されたユーリがほとほと困ったような声音で何度目かのフレンという単語を口にする。
「ユーリ」
「うん?…」
「ユーリは僕がおかしいと思うか?」
「……思わねえよ」
「その微妙な間が気になるんだけど」
「気にするな」
「分かった、じゃあ気にしないよ」
ユーリの言葉だもの。フレンはいいながら掴んだままのユーリの手の甲に唇を落す。ぎょっとしたユーリが反射的にフレンの頭を空いた手で引っ叩く。うぐっ、という呻きと同時にフレンの手から力が抜け、ユーリはバックステップでフレンから距離を取る。
あからさまな拒絶にフレンはショックを受けて机に顎を乗せた状態でユーリを見る。さながらいじけたこどもみたいなフレンにユーリは呆れたように息を吐く。
「お前なにがしたいんだよ」
「ユーリと数少ないスキンシップ」
「…それが今のか」
「そう」
「馬鹿か。いや阿呆か」
ユーリは半眼で金髪の幼馴染を見やると窓際に歩み寄り枠に片足を掛ける。もう行ってしまうのか、とフレンが瞳を揺らめかせると一瞬だけユーリがたじろいだように目を泳がせた。しかし思いなおすことはしないのか、その姿勢のままフレンに顔を向けて
「所持品に名前書くのはお前くらいだけだろうけど、オレは否定しないぜ。パンツも含めてな」
「え……」
「じゃあなー」
ひらり、と手を振ったユーリは言い残すだけ残すと飛び降りてしまった。
自分の悩み自体までは分からないといっていたのに、本当は分かっていたのか。
一枚上手をいかれたフレンは手で顔を覆い、叶わないなとぼやいて苦笑した。
::おまけ::
フ「ユーリが否定しないっていってくれたから、堂々と晒すことにしたよ」
ユ「………おめでたい頭だな」
フ「有難う(にこにこ)」
ユ「……」
フ「あとね、僕だけじゃなくてシュヴァーン隊長もやってるみたいだ。だからおかしくないんだ、て思えるようになったというのもあるんだけどね」
ユ「騎士団は痛い者揃いだな」
フ「?」
ユ「国の行く先が思いやられそうだ」
そして無駄に続く予定
2009/03/30