<頭の上で揺れるアレ>
ユーリは視界に移る全てを目を閉じることで拒絶し、ぐりぐりとこめかみを押して揉んで少しだけ瞼を持ち上げ、目の前でニコニコ笑う親友を見てまた大きくため息を零す。
親友の、フレンの手にしかと握られているソレ。
アタッチメントである、うさみみ。
どこから情報を入手して飛んできたのかは知らないが、黒色のうさみみを持ってフレンは目を輝かせてひたすらユーリへ無言の強要を迫ってきていた。
時々この親友には頭を悩ませられる。
既に三度目の吐息を零したユーリは胡乱な目をしたままいまだ期待に満ちた視線を送り続けてきている金髪の青年の額を指で弾く。
あいたっ、と小さく呻く相手を無視してユーリはさっさと歩き出す。気持ち、早足で。
「あ、ユーリ!うさみみっ」
「誰が好きこのんでそんなものつけるかっ!」
後ろから飛んでくる声に肩越しに振り返って怒鳴る。するとフレンは双眸を瞬いて「ユーリなら似合うと思うよ」「そういう問題じゃねえだろーが!」「違うのかい?」がしゃがしゃと重い鎧の音を響かせながら追いついてくるとひょいと先回りしてユーリの行く手に立ちはだかって小首を傾げてみせた。
本気でそう思っているらしい親友にユーリのこめかみがひくっ、と引き攣る。王子様のようなフレンの顔へ拳を叩き込みたい衝動がこみ上げてきているのだが、しかし懸命にそれを抑えこみながらユーリが息を吐き出すついでのように言葉を紡ぐ。
「……オレは男であって、うさみみをつけて悦べる趣味は持ってないんだけど。フレン、おまえ知らなかったか?」
「悦ぶかどうかは、知らなかったけれど。僕は君のうさみみつけてる姿を見たら悦べるよ」
にこり、とそんな笑顔と一緒に見事にいいきってみせるフレンにユーリは言い返す言葉が無かった。
ただ半眼になって二歩ほど後ろに下がり、じゃり、と砂を踏みしめて大きく踏み込みきょとんとしているフレン目掛けて飛び上がり、
「おまえは少し寝てた方がいいぜ」
オレのためにもな。そんな台詞とともに空中で身体を捻ってフレンの首筋へ回し蹴りを叩き込んだ。
吹っ飛んだフレンはキラキラとした笑顔で、
「今日も蹴りにキレがあるね、ユーリ…!すごくうれし―――」
「もうそれ以上喋るな」
地面にべしゃっと倒れ大ダメージを受けながらもまだ口を開こうとするのでユーリが背中を踏みつける。蛙が潰れたような声を上げるフレンにずぃと顔を寄せてドスの利いた声音でいう。
「次ヘンなこといったら…潰すぞ」
ユーリの本気らしい台詞にフレンは反射的に、どこをと問い返そうとして喉元まで出かけた言葉を必死に飲み下して頷いた。
しかしユーリにうさみみを諦めきれない金髪は踏みつけていた背中から足をどかして重々しく息を吐き出すユーリを見上げて、眉をハの字にする。
「ほんの少しだけでも…せめて、一瞬……」
「おまえ、本当に懲りないな…」
これだけしても、尚も食い下がってくるフレンにユーリは黒髪を掻き混ぜて嘆息する。今日はいくらため息を吐いてもキリが無さそうだ。
普段こそは騎士団員の憧れの対象となる真面目な性格のフレンだがユーリを目の前にした彼は同一人物とは思えなくなるほど性格が変わる。
幼い頃から一緒にいるユーリには既に慣れたものだが、ここ最近のフレンはそれに拍車が掛かってきている気がする。
「だって、だってシュヴァーン隊長が…」
「なに?誰が、なんだって?」
ぼそりと呟かれたフレンの台詞を拾い上げたユーリは舌打ちをしてこの場にいないおっさんを想像の中で首を絞めながら、ぐすっと鼻を鳴らしている幼馴染を見下ろした。
「どうせおっさんに妙なこと吹き込まれたんだろ」
なに訊いたんだよ、とユーリが問えばフレンは急に黙り込んでしまった。突然口を閉ざすフレンにユーリは目を眇める。妙なことどころか、変なことを吹き込まれたのかコイツは。
「……うさみみプレイが思ったより良かった、て」
「ほぉ…。フレン、おまえそれを信じたのか」
「いや、ユーリが隊長と寝たというのは信じていないけどっ…!」
「…うさみみプレイが気になるのか」
「はい」
偽る気はないらしいフレンが小さく返事する。
ここまで素直になられるとユーリにも出てくる言葉が無くなる。
気まずい沈黙がしばし流れ、フレンがややあって口を開く。
「ごめんユーリ、僕…」
「ったく、しょうがねえな」
「え?」
ユーリの声にフレンは振り仰ぐ。見上げた先のユーリはあらぬ方向へ視線を向けながらぼそぼそと、
「そこまでいうなら…少し、だけだぞ」
「ユーリ…!」
ぱぁと顔を輝かせて飛び起きたフレンはユーリを抱きしめようと両腕を広げた。あぁ、やはりこの幼馴染は愛おしくて仕方が無いっ。だがユーリはそんなフレンから一歩足を引くと綺麗な笑顔を見せた。
思わず見惚れそうになるような笑顔だったが、幼馴染としてのフレンの本能が危険を告げる。物凄い、嫌な予感だ。
「夢の中でオレとヤるのは許す」
存分に楽しめよ、フレン。
そのユーリの声を最後に、フレンの意識は強制ブラックアウトした。
後日、レイヴンが無言で己を押し倒してきた青年にこの後の展開を期待して胸を高鳴らせたりしていたが、期待虚しく鳩尾へ肘鉄を落とされて制裁を受けたのだった。
うさみみプレイがどんなのだろうかと想像しつつ
2009/03/30